日本の森を作った人・守った人 

森林を守れということを言う人は沢山います。
自然保護を訴える人も多くいます。
でも、森を作ろうというのは最近までありませんでした。バブル経済がはじけてから、日本全国で木を、植えること活動が林業関係者じゃない人たちも参加してあちらこちらで行われています。身近な緑は実は作られたモノなのです。私たちの日本の森は、多くの先人方の努力の賜物なんです。

ここでは、そのような先人の偉業を紹介できればと思っています。県別に紹介していますが、まだまだ埋もれている人がいっぱいいると思います。ぜひ、こんな人もいたという話がありましたら、教えてください。


身近な森は、実は先人の努力の結果なんです。血のにじむような努力の結果なのです。でも、森は何も語ってくれません。ちょっとでも、森の愚痴がこぼせたらと思います。


   

海岸沿いの黒い一つの筋
人による植林の結果です。
こんな偉業を紹介したいです。

この黒い帯のおかげで、後ろに広がる農地では、安心して農業が出来ます。生活が出来るのです。そして、農作物は都市の人の生活も支えています。何気ない松林ですが、本当はすごく身近なんです。


森を作るということは
とある海岸造成の記録写真です。
海水浴の時は、海だけでなく松林に目を向けてください。

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熊本 宮崎 高知 徳島
鹿児島 県別にできなかった話 まじめな話(ちょっと学問的)
沖縄
  
多分、最初に日本で森の重要性について気付いたのは、素戔嗚尊(スサノオノミコト)でしょう。何せ、このヒーローは植林の神さまでもあります。
熊野大社(和歌山)で立派に奉られているのですから

不毛の大地というのは、素戔嗚尊の毛(樹木)が無いと言うことだそうです。ヒゲがスギ、胸毛がヒノキ、眉毛がクス、尻毛がマキというように、主要な造林樹種は素戔嗚尊の体毛から出来たんです。(神話的にはですよ、もちろん)

そして、森の重要性については、やまたのおろち伝説が有名です。これは、たたら製鉄(天叢雲剣という鉄の剣が象徴しています)のために、燃料として、山の木が切られ利用されたんだと思います。山から木が無くなることで、保水力が落ち、洪水が発生し里の田圃(櫛稲田姫)が荒らされたことを物語っているのです。やまたのおろちは土石流かも知れません。鱗に木というのはきっと大量の木が流れてきたことを物語っているんです。砂鉄から鉄を生み出すには、大量の炭が必要です。その材料の木が必要だったんです。

そして、おろちを退治したということは、山に木を植え、荒廃を防いだということになるのではと私は考えています。土砂崩れを無くすための方法は植林が効果的だからです。今でも、禿げ山に木を植えています。でなければ、植林の神さまになれないと思います。
根拠がないですからね

これは、私たち日本人の深層心理の中に、刷り込まれているのではないでしょうか。山を荒らすと里が荒れると。娘(姫)を失う=畑や田圃を失うと。その経験がやまたのおろち伝説を生み出したのだといえます。実話を脚色して神話になったのでしょう。そして、出雲の自然災害が、このような形で言い伝えられたのです。

ほかにも、鎮守の杜とか言って水源の守ったり、土砂流亡を防ぐために緑を残しています。神様がいるという理由をつけて。水神様がいる、龍神様がいるという話もあります。

アメリカの神話学者であったキャンベルは次の言葉を残しています。
「神話は未来の道しるべ」
土石流の化身、ヤマタノオロチという蛇を退治し、山に木を植えた日本と、農地開発の化身、英雄ギルガメッシュがフンババというレバノン杉の神様を殺した中近東。一方で、神が居るということで木を切らないアマゾンのインディオ、森を伐ると祟りがあると信じるマレーシアの先住民の言い伝え、これらは、水源を守るための先人からの遺言でもあります。神話から読みとると、森(自然)を破壊する対決では人間の負けなんです。精霊の名の自然に逆らってはダメなんです。不幸になるんです。

ギルガメッシュでは、フンババというレバノンスギを切り倒したために、親友に死が訪れます。フンババのいる森を農業をするために伐り開いた結果がメソポタミア文明です。今のイラク、シリアのような荒涼とした大地が結果として残っています。親友の死というのは大地の死をさしていたのかも知れません。神話の中には、何らかの経験が教訓となった話も結構あります。

やまたのおろち伝説のおかげかどうかは分かりませんが、日本全国に、荒廃した大地を緑に変えた人々が沢山います。安心した生活を得るために木を植えた人がいっぱいいます。やまたのおろち伝説が日本人のDNAに刷り込まれているのかも知れません。沢山いるというのは、日本人という民族の特性なのかも知れません。

きっと、世界的に見ても、自然と闘ってきた民族としては、数少ない民族だと思います。もちろん、すべての民族は自然と闘って生活していますが、ダメなときは、移動することが多いです。人間同士の闘いの民族はいっぱいいますけれど。島国ということもあって、他に移動することなく自然と闘ってきたのですから・・・・。闘ってきたというよりは、限られた資源で生き残ってきたという方が正しいのかも知れません。

NHKブックス「森林を蘇らせた日本人 (NHKブックス) (牧野和春)」にも書かれていますが、『現在は、「緑を守れ」の時代であって、「緑を作った」人の話は筋違い、とされる向きもあるかも知れぬ。浅簿というべきである。・・・・中略・・・・ さて、”先人”たちは何を語り、現在のわれわれは”先人”に何を学ぶべきであろうか。』
私も、その通りと思います。そして、そのことを知らない人が多いのも問題だと思っています。

こんな事書ける偉い立場ではありませんが、もっと身近な森に目を向けるべきです。どうしてそこに森があるのかについて。海岸に何故木が生えているのか。土手になぜ並木があるのか。川に竹藪があるのかというふうに

先人の努力して築いたり守った森が開発という名の下で、切られることがあったり、これから起こる可能性があります。

血のにじむ思いで作られた海岸の松林の中に、いきなりサッカー場や野球場、キャンプ場などのレジャー施設、自然とふれあえる町作りと、かっこいいことを言っていながら、先人達の偉業を無視するようなことが、否定するようなことが全国で起きています。
文化香る・・・・とうたっていながら
ひどいのになると、農業を守るための森を切って農地にしようとするところまであります。本末転倒です。欲望より無知によるものが多いと思います、思いたいです。

自然保護を叫ぶ気はありませんが、生活を保障してくれた森を破壊してはいけないと思います。だって、これらの森は、自然ではなく、人工の森ですからね。しかも血の滲むような努力によって多くの人の犠牲の上の産物だからです。農業や産業、飲料水等々、生活の安定のために、先人が私たちのために木を植えたのですから。何故、そこに木があるのか、森があるのか、何気ないようで、実は私たちの生活を守ってくれているのです。目に映りにくい形でですが。

伐った後で、もう一度植え直すとなると、一体どれだけお金や時間がかかるか。そんなことが分かっていない人が多すぎます。林業関係者のアピールが足りなかったのが最大の原因かと思います。このホームページをきっかけに、身の回りの木や森に興味を持っていただければ、幸いです。

ホント、日本人はすごいと思います。あまり海外ではこんな話聞きませんから。いろいろ海外に誇れることが多いですが、こんな言葉はありませんが、生活保障林(砂防林や防風林、水防林、防潮林、水源涵養林等々)を作ったことも世界に誇れることです。

私も、いろいろ調べて驚きの連続ですが、たくさんの日本人が自らの生活を守るために、全国至る所で植林をしていたんですね。ぜひ、郷土のこんな人が、海岸に森を作ったとか、山に木を植えた人の話がありましたら教えてください。よろしくお願いします。



では、歴史的となると、西暦677年の天武天皇の勅令で、奈良の明日香村の南渊山と細川山で、草木を切ることを禁止したことが初めではないでしょうか。その後、806年に山城国大井山(現在の嵐山付近)の禁伐令でしょう。これは、桂川に土砂が流れ込み、洪水がたびたび起こったためで、川の河岸の木を切ることを禁止したものと思われます。

そして、時は元禄、平和になり人口が増え、開墾が進み、森から農地に次々と転換された後、洪水などの災害を多発しました。

国土の荒廃は、人心が荒み、不安定な世の中になります。1666年と1668年に「諸国山川の掟」が出され、山林の乱伐や河川ぞいの開墾を禁じ、荒れた山に木を植える工事を行うことが幕府から発せられたのです。

でも、本当にすごいのは先人の作った森を荒らさないように見守っている地域の人たちかも知れません。そして、海岸の松林、たくさんの人の苦労の成果でもあるんです。また、川沿いの林も洪水から身を守る知恵の成果でもあるのです。

海岸の松林が松食い虫にやられるという被害があり、薬剤散布で枯れるのを防ごうとしています。また、マツ林でないと風情がないようなことをいう人がいます。でも、そろそろ、樹種を変えていってもいいのではないでしょうか。マツがダメなのではなく、マツしか育たないような大地にしてしまったので、マツしかないんです。照葉樹など、元々の植生を今の松林に植え、今こそ樹種を更新していくべきではないでしょうか。

これからは、先人の偉業を引き継いで、植生を元に戻すことが求められているのではないでしょうか。そんな気がします。


番外編
伐木禁制の掟

何故、日本人は、森を大事にしてきたか
その答の一つが、「伐木禁制の掟」ではないかと思います。
江戸時代の森を守る手段として採用され、世界的に見てもここまでしたところはないみたいです。
「木を切れば、首が飛び、枝を切れば手を、葉を切れば指で、草を切れば髪をきる」
こんな事を行っていたのです。というより、ここまでしないと森が守れなかったのかも知れません。