基本情報

国名 マリ共和国 
Republic of Mali
面積 124万km (日本の3.3倍)
70%がサハラ砂漠
人口 1058万人
首都 バマコ
民族 スーダン系
・バンバラ族 (32%)
・フラニ族 (14%)
・セヌフォ族 (12%)
アラブ系
・トアレグ族
言語 フランス語(公用語)
アラビア語
ベルベル語
宗教 イスラム教 55%(一説には90%)
原始宗教 44.5%
主要産業 綿花、ピーナツ、アワ、ソルガム、米、トウモロコシ
リン鉱石、ウラン(日本が独占)、金、岩塩
GNI
(一人あたり)
27億ドル
250j
通貨
緑が農業、黄色はダイヤモンドやウランなどの鉱物、赤は独立のために流された血の色(勇気の意味)といった意味を表しています。

歴史

690年 ソルコという漁民が、ソンガイ帝国の首都ガオを作ったらしい
770年頃 ガーナ王国(ソニンケ人王朝始まる)
11世紀初め ガーナ帝国、交易都市アウダゴストを勢力下に収め、大繁栄
ガオのソンガイ国(ディア王朝)がイスラームを受け入れる
1010年 ソンガイ国がイスラム国家に
12世紀初め トンブクツ建設
1203年 西アフリカ最古の王国であったガーナ王国
ソソ族のスーマングールの攻撃を受けて滅亡
1230年 マリ帝国の創立者スンジャータがマンディングの力ンガバ地方を支配開始
1235年 マンディング族の攻撃を受けてソソ族の王国が壊滅。
マンディングがマリ王国建設
1312年 マンサ・ムーサ王即位
1324年 マンサ・ムーサ王、メッカに巡礼( -1325))して黄金の大判振る舞い
1435年 ベルベル人系トゥアレグ族、マリ王国の首都トンブクトゥを1645年頃まで占領
15世紀から
19世紀
群雄割拠
マリ帝国、ソンガイ帝国(ガオ帝国)、セグー王国、トゥクロール帝国といろいろ現れては消えていった
1824年 フランスのルネ・カイエ、マリ古王国の首都トンブクトゥを発見。
1893年 フランス軍にトゥクロール・スルタン国の中心部が占領
1912年 フランス領スーダンということで植民地に
1943年 ブラザビル会議でマリの領域が確定
1959年 セネガルと合邦することを決める
1960年 6月セネガルとともに独立
1960年 8月セネガルが去る
1960年 9月22日独立
マリという国
1235年にマリンケ族のスンジャータによって建国されたマリ帝国は、14世紀に即位したマンサ・ムーサ王はメッカ巡礼の際、大量の黄金を振る舞ったためにカイロの金相場が暴落したという逸話を残す国

サハラの彼方の黄金の国マリという名で、アラブやヨーロッパに名が知られた。

しかし、一人あたりのGNPが200jという最貧国の一つ


西アフリカ産出の金の集積地であり交易都市であった、さらに学術都市として栄えたトンブクトゥがあった国

アラブ商人の伝え残した黄金都市トンブクトゥを故見たヨーロッパ人は、1788年にイギリスロンドンに設立された「アフリカ協会」からイギリスの新たな植民地を求めるために幾度も探検隊を出したとか

ヨーロッパ人を金を求める執念は、次のようなものあったとか
最初は、スコットランド出身の医師マンゴ・パーク
1796年にガンビアから入ってニジェール川をさかのぼって、黄金都市を目指すが失敗。1805年に兵隊を50名ほど連れて再度挑戦、病気と先住民の攻撃にあい、ニジェール川に着いたときは部下は10人もいなかったとか。
そしてまた、黄金都市には行けず、ニジェール川を下る途中で消息をたっととか

次は、イギリス軍人レイング少佐
1825人に黄金都市トンブクトゥに到着。しかし報告することなく原住民に殺されたとか。同じ時期クラパートン大尉もの死亡

最初にトンブクトゥを報告したのは、フランス人ルネ・カイエ
枯葉、ムーア人と一緒に生活してイスラムの習慣を身につけてから挑戦
1828年4月に到着
しかし、その時には、昔の栄光はなくタダの村にもどっていたとか

また、ドゴン族というきびしい山間部に住む民族は、独自の伝統と習慣を有していてヨーロッパ人の興味の的
シリウス・、ミステリーで有名

きこりのホームページ http://www.kikori.org