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アジア編
(ボルネオ島 第3回:)
首狩り族の村に入って![]() オイルパーム かつては鬱蒼とした森林だったマレーシア 半島もボルネオ島(カリマンタン島)も森だらけだったとか しかし、今ではオイルパーム一面の大農業地 イギリス植民地時代は、ゴム園でブラジルから盗んで キューガーデンで育てたゴム を植えていたけど、 インドネシアの安い人件費(バングラの人が働いているとか)に 勝てずに、オイルパームに。 オイルパームは西アフリカ原産のヤシで、石鹸の原料等の 工業用や調理油として利 用しているのですが、 年中雨が降っているところが大好きだとか まさに、マレーシアはぴったり。 質的に良くない森を切り開いて広大なオイルパームの プランテーションに転換して います。 これはこれで重要な産業なんですけど、 規模が違うのでとまどいます。 土地があって、人がいないということは こんなことが出来るんだと感心する次第です。 ちなみに、農民もオイルパームを自分らの畑に植えだしました。 どのくらい現金が 稼げるか分かりませんが、 オイルパームブームに乗り遅れるなという熱気を 感じた次 第です。 ブームが去ったあとは、と思いますが、 石油に変わる資源になる可能性があるため、 たぶん大丈夫ではと、でもあとはコストの問題だけかも |
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日本人が来やすい都市 コタキナバル サバ州の州都 たくさんの華人がいて、料理は美味しいかったです。 日本から直行便が出ていて、7万円ほどでこれるとか。 ゴルフが安くできるという ので、ツアーがあるという話です。 かつては木材伐採で潤っていたこの町は 日本からの観光に頼る形になっています。 なんせ、空港の案内板の表示は、マレー語、 英語、そして日本語ですから 華人の人がいっぱいいるので漢字があっても良さそうなのに さすが、イスラム教徒の国だけあって、 博物館にイスラムの影響が 1階は、サバにいる各民族を扱っていて、結構いい内容だったです。 2階は、動物 や交易の展示で、伊万里などがありました。 3階にイスラムの展示があったのですが、 よく分からないままダラダラと見ていましたが、 イスラム教が分かっていると面白い展示物なんだろうなと思いつつ、 驚きを隠せず、入り浸っていました。 クアラル ンプールの国立博物館よりいい感じがしますけど・・・・・ ちなみに、あちらの結婚式のあとの初夜のベットのシーツは真っ赤です。 これはイ スラムの影響なんでしょうかね さすが、油持ち、入場料がただなんです。 海底油田の展示コーナーが最新型で、 他 の展示物を違和感を感じますけど、 イスラムの影響といえば、中華料理屋にもイスラムの影響が ちょとしたカフェでビール(お酒)が飲めないという事態が そこには、多くのマレー人(イスラム教)がいると言うことなのか、 それとも、カ ラオケ屋で高い酒を飲んでくれということなのか、 イスラム教徒の出入りがあるお店 ではビールを置いてくれていません。 また、中華料理屋では、でかでかと張り紙がしてあって、 「豚肉なし」と書かれて います。 多数の観光客(アラブイスラム系)の人も有名な中華料理屋で エビや魚を堪 能していたし、上手いモノには 国境じゃなくて宗教の違いはないんでしょうね。 |
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目と鼻の先がフィリピン
お金のあるところに人が移動するのは当たり前
しかも、陸続きではなくても、容易に船で来れるということで多くのフィリピン人 が違法滞在していて、一部は、海上に家を造って住んでいたり、また一部は、空き地 (でも所有権は誰かが持っている)に立派な家を建てるんです。仕事はいっぱいある ので、安くこき使われますが何とかなるんです。困れば、強盗をするだけ
捕まりそうになれば、船でフィリピンに逃げれば大丈夫
当局は何とか排除しようとしているようですが、不景気なフィリピンで暮らすより 環境がいいとなれば、人はテコでも動きません。
しかも選挙が近づけば、無条件(?)に居住権が与えられるとか
与党か野党か分からないけど、票を入れるという条件で、居着くことが出来るよう です。
サンダカン
ここには、オラウータンのリハビリセンターの他、テングザルとかがいるところ。 リハビリセンターの一歩手前まで入ったのですが、オラウータンには会えず、手前に ある森林局の研究所でお仕事
とくに目立ったモノがあるわけではなく、木材の輸出基地として栄えたくらいで、 あとは観光が最後の望み?というところでしょうか。
かつては、カラユキさんということで、日本の若い女性が売られた地の一つです。
経済が人の移動を促すといいますが、明治、大正時代の貧しい日本人が、こんな南 方まで体を売っていたなんて思うと、つくづく今の時代に生まれて良かったなあと思 いつつ、新宿の歌舞伎町や新大久保、いやはや日本各地で働くアジアや南米、東欧の 女性達に良いことがあってほしいモノです。
貧乏というのは、辛いモノですね。いろんな意味で犠牲になるのは女性なんですね。
途上国の男性は、地方に行けば行くほど、遊んでしますね。アジアでも南米でも、 だべっているだけ。男のおしゃべりはという人がいるけど、本当はおしゃべりなんで しょうね
しかし、昼間から酒を飲んでいる姿は、同じ男として情けなく思える反面、羨ましい です。
ここで食べた料理にビックリ
料理ネタということで、中華料理の野菜炒めだったのですが、材料はキュウリ
キュウリといっても普段食べる実の方ではなく、ツルと若葉
ニンニクと一緒に塩で味付けして、とろみをかけて出来上がり
意外と美味しかったですけど、こんなところも食べられるのかと思うと、ところ変 われば何とやらという
道に沿って農民の移動
鬱蒼とした森林だったボルネオ島
本当かどうか分かりませんが、かつてはボルネオ島の端から端までオラウータンが 地上に降りることなく行けたとか
それくらい森が続いていたということなんでしょうね
独立後、木材伐採が行われたとき、山から木を切り出すために道が出来ました。人 が住んでいるわけではないので、ブルトーザーで木を押し倒して作るという単純なモ ノでした。
そんな道を海岸沿いにいた人々が、新たな食糧生産の場として道の沿って焼畑を繰 り返しながら奥へ奥へと進んでいったのです。
幹線道路からいったん入ると、しばらく道がつつき、村が見えてきます。この村は 出来て20年とかいう話で、誰の土地というと、もともとはサバ州政府のものとか
しかし、我がモノ顔で使えるそうで、土地の所有権(利用権?)は、最初に切り開 いた人のものとか。
一応、葉っぱが赤い植物を土地の四隅に植え、この中は私のモノという意思表示を しなければならないとか
商業伐採が森をダメにしたと言うより、こうしてみるとその後の人の入植が林道に 沿って入っており、森から農地へと別の利用が行われているのが分かります。環境保 護を訴えて、商業伐採を批判する人々は、さすがにここまでは来ないでしょうね。
結構大変ですからね。それ以上に、人の移動する行動力にはビックリです。
人がいないということは、こういうことが許されるのですね。
せっかく農業するために入った農民も、換金作物を植えていました。今はやりはオ イルパームで業者が買ってくれるということで、せっせと植えています。
世界中で今たくさん植えているので、価格の暴落が怖いですけど、もっと怖いの が、米をタイから輸入して買っているのです。グローバルな市場はこんな山奥まで来 ているんですね。ますます現金がないと生活できない世の中になっていくんでしょうね
キナバルの麓で首狩り族
東南アジア最高峰の山、キナバル山の麓での話
仕事の調査対象地の村での出来事
さあ、これから焼き畑の行われている地に行く途中にあった幼稚園
その校庭の脇に、ちょっとした祭壇が
その祭壇を覗くと、無造作におかれた無数の頭蓋骨が
何を思ったのか、首狩り族の村に足を踏み込んでいたんです。
首狩り族に襲われたら、ニュースになるのでしょうけど、危険地手当をもらってい るわけではなく、首を狩られないという保障はないわけですから、はらはらドキドキ でした。
一応、キリスト教に改宗させられ、首狩りという儀式は封印しているとのことです が、遺伝子に刻み込まれた(多分)風習はいつ発現するか分かりません。
隣の国のインドネシアでは報道されないだけで、あちこちの騒動の中で首狩りが実 際に行われて、部族間抗争が起きているとか
結婚する前に、男は勇気を示すために首を狩ってこなければならなかったという話 を聞きましたが、いつの話なんだろうかと思うと、かつてこの地まで来た日本軍や オーストラリア軍の軍人さんも犠牲になったのだろうか
でも、普通の人たちなんですよね、かつての首狩り族とはいえ穏やかな顔なんですけど
村によっては、特産品を出すということで、一生懸命ショウガを作っているところ があると思えば、高原野菜を作ってコタキナバルに出す村もあったのですが、非常に 驚いたのは、車を持っているんです。農民が
しかも、日本車
日本のバブルは、東南アジアにとっては非常に良かったんだと思います。すぐ車の 買い換えたおかげで、非常に状態の良い車が途上国で走ることになったからです。
壊れない車ということで、メンテナンスなど余計な費用がかからず、流通網を維持 しています。
塩の道

