満月以降に木を切る 満月に狼男が信じられていた時代の話。満月になるにつれて、植物や動物の成長が促進。爪が伸びる、毛が伸びると。そんな月にまつわる話の一つに木を伐るタイミングが。 それは、満月を過ぎてから木を伐ること。満月にかけて成長が進むからということ。
古いヨーロッパでは満月までに羊の毛を刈る事がそうすれば、また満月までに伸びて2度収穫が行われたそうです。 そんな風習も、フランス革命以降なくなったとか、宗教を捨て科学に移行する起点であるフランス革命。
その前は、国の法律にも書いてあったそうです。
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ブドウ園を守るバラ ワインの一大産地ボルドー ここのブドウ園には、1本のバラの木があります。
ブドウの木に着く害虫はワイン造りの大敵。その危険信号を知らせるのがバラの木。
1900年頃から導入したそうです。ブドウに着く害虫が先にバラの木に着くので警告になるんだそうです。
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ボルドーはワインだけじゃない ボルドーといえば、ワインの産地。 でも、ボルドーのあるアキテーヌ地方は第二次世界大戦までは、世界一の松脂の産地だったんです。 戦争で伐られてしまったから。 フランス海岸松(French
Maritime Pine:Pinus pinaster)の樹脂を利用したんです。今は樹皮の抽出液で出来たフラバン茶で有名。
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ナポレオンの足下で密輸 ピエ−ル・ルドゥ−テ(Redoute:1759年〜1840年)といえば、バラ図譜の作者。バラ愛好家のバイブルです。これが出来たのは、バラ愛好家のマリー・ジョゼフ・ローズこと、ジョゼフィーヌ(1763年〜1814年)。あのナポレオンの妻の存在。生まれた時の名がローズだったというわけではないとは思いますが、バラを収集したんです。世界中から。
ナポレオンがわざわざロシアまで遠征したりしたのは、イギリスとの戦争。大陸封鎖という経済封鎖。従って、輸入も輸出も禁止。こんな旦那の努力を無にすることをしていたんです。ロンドンに新種のバラがあると分ければ、
密輸していたんです。アジアのバラがイギリス経由でパリ郊外のマルメゾンの館に届いていたんです。
たくさんの園芸師が雇われ、いろいろな事がされたんです。この中で品種改良の基礎となったのがアンドレ・デュポンによる人工授粉。虫に頼ることなく、掛け合わせが出来るようになったのです。
子供が出来なくて離婚されたジョゼフィーヌですが、その分、バラに愛情を注いだそうです。その愛情の結晶を整理したのがルドゥーテ。高額で雇われた絵師。そしてその愛情に答えようと、彼女の死後10年モノ時間と自費をかけて作り上げたのがフランスというより植物画の至宝「バラ図譜」なんです。 しかし、旦那のやっている横で何を密輸している事やら。
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災害より牧草地 1868年、フランスは荒廃した山地を復興するために植林を行うことを決定。しかし、人工林の増加は、牧草地の減少。この政府の案に猛反対が起きたんです。
治山事業も容易ではないんです。目先の利益の方がその場に生きる人には重要ですからね。
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イトスギの役目
南フランスの風物詩として有名なのがイトスギ(Cupressus sempervirens)。ゴッホも描いたイトスギ。これはミストラルと呼ばれる時速100kmを超える北西からの暴風の存在があるんです。アルプスからローヌ川沿岸を吹き抜ける乾燥した冷たい風。だから、この地域の家には北西方向に窓が無いんだそうです。そんなに強い風を緩和するために植えられたのがイトスギなんです。
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モネのポプラ
モネの作品といえば、積みわらが有名ですが、ポプラの木の連作もあります。
積みわらは、農業国フランスである農民の労働の結晶のしるしなんだそうです。ポプラの木は、女の子が生まれると、結婚の持参金とするために植えられる。日本の桐のような存在でもあったのです。また、チーズを造る際、ポプラの木炭の粉をまぶして熟成させるセル・シュル・シェール(Selles sur Cher)やサント・モール・ト・トゥーレーヌ(Saint Maure de Touraine)という山羊の乳のチーズもあり、身近な木であるんです。
このポプラの連作のポプラは、自由の木の象徴。1789年の革命、1848年の2月革命の際、ポプラはシンボルとして使用したんだそうです。
で、ポプラも国家の復興を象徴するメッセージに採用されたとか。

ポプラ並木の下で 晴天(1887年)
1892年2月〜3月にかけて行われたデュラン・リュエル画廊で個展が開かれ大成功。
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エプト川のポプラ並木(1891年)
セーヌ川支流のエプト川の左岸にあるリメス沼の岸辺に木材&防水林として植林されたもの。1891年に伐採計画が持ち上がったが、絵が完成するまで大金を払って伐採を待ってもらったそうです。
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パリのキノコ
シャンピニオン・ド・パリ(パリのキノコ)と呼ばれ、世界最大の消費量を持つキノコ。一般名マッシュルーム(Agaricus bisporus)。ハラタケ科ハラタケ属。和名はツクリタケ。
なぜ、パリのキノコと呼ばれるようになったかといえば、パリ郊外で栽培可能になったから。
メロン栽培に馬の糞を入れた堆肥からキノコがニョキニョキ。1650年頃に採石場の洞窟で栽培開始。その起源から馬糞茸(バフンタケ)ともいいます。
ちなみに、大正10年(1921年)に森本彦三郎が日本で栽培開始。
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樅の木に巻かれたチーズ
ヴァシュラン・モン・ドールというチーズのこと。
名前の由来は、フランスとスイス国境近くにある標高1450mのモン・ドール(黄金の山という意味)」から来ています。エピセア(epicea :Picea
abies)という樅の木(ヨーロッパトウヒ、ドイツトウヒ)の板に乗せて熟成。出荷時には、樹皮に巻かれた状態で木箱に入って売り出すとのこと。
秋から冬にかけての期間限定チーズ。
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