日本の林産業の基礎を築いた人々
日本の山々を移動し、様々な技術を伝えた人々。惟喬親王を業祖とした誇り高き技術屋の集団。通称、木地師とか轆轤師と呼ばれる人々。
天皇家の縁があるということで、江戸時代でもどこにでも行けたことから、天皇家の諜報機関と噂されるのですが、情報収集能力を考えると納得してしまいますが、真相はどうなんでしょうか
それまで、日本の森林は、トチやナラの実は食べましたが、それ以外の広葉樹の利用はほとんど使われなかったそうです。
昔は、スギ、ヒノキ、ヒバを使うぐらいだったそうで、彼らの技術で、轆轤を使った皿や、椀、盆、杓等々。またウルシを使う事による漆器や、木蝋等のロウソク。東北に行けば、こけし。今ある木工品を作っては売って生計を立てていました。
広葉樹を切ることが除伐とつながり、有名林業地を育て広葉樹を使うことによって木製品が貨幣収入のなかった山村に産業を育てることにつながっていきます。
あまり、木地師達のことは林学の授業でも社会科の授業でも習いませんが、基礎を築いた人々なのです。
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ウサギを見ちゃダメ
白ウサギは山の神さまの乗り物
近江地方では、山の神の祭りの時に山でウサギを見ると良くないことが起きると信じているんです。
春に木の種を植え、秋に落ちた種を拾う。山の神さまは、シャイなのか見られるのがイヤみたいなんです。
山の祭りは1月と11月9日
その日に、登山口の林の中にあるケヤキの木を神木に木の下に祠を作って、モチと御幣、木製の農耕道具。スキ、ナタ、斧(ヨキ)、長包丁、鎌とオコゼの絵馬を供えるんです。
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大仏作って禿げ山出来る
田上山
林業では有名な禿げ山。木がないので、土砂を止めるため植林が続いています。その原因は、人々の幸福を願った大仏。奈良の大仏のせいなんです。
天平19年(747年)から3年間かけて作られた大仏
銅を溶かし、水銀を利用。そのために大量の木炭が必要。燃料として。
16000石の炭が使われたとか。8万石の原木が必要だったとか。膨大な量です。
さて、観光で儲かっている奈良の東大寺
田上山に植林はしているんでしょうか
どうなんでしょうね
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