モモ
(県の花?)
アカマツ
(県の木)
熊沢蕃山(1619〜1691)
明暦元年(1655年)に藩主池田光政に治山治水の要を進言し、岡山周辺の禿げ山に藩の費用で植林や砂防工事を行った。翌年には、藩内にマツを植えるよう指導した。
貞享3年(1686年)には今までの経験を書にまとめ、「集義外書」という山林の荒廃の原因は、製塩・製陶の増加、仏教隆盛による建築ラッシュ。民衆の経済的困窮と分析し、翌年に「大学或問」を書き上げ、山林の重要性は、経済的価値ではなく治山治水といった生活環境の保険として必要であると世に訴えた思想家です。
この人は荒廃した山を緑にするために鳥を使ったことがあります。鳥の糞には木の種が含まれているので、種をまいてくれる非常に便利な道具?ということで雑穀を地面にまいて、鳥を集めたんです。
しかし、鳥は雑穀を食べただけで、糞も落とさず飛んでいったので失敗
その反省を活かし、雑穀の上に藁を敷いて、鳥が餌を探す手間をかけさせるようにして、その場に糞を落とすようにしたんです。
この方法は、この間コスタリカで、牧場跡地を緑に変えるプロジェクトの紹介が、テレビで放映されていたのですが、そこで、そのプロジェクトの責任者の博士は、同じように鳥を用いる方法で緑化しようとしていました。種をまくのではなく、果樹をつかって、木になる果物に釣られて鳥を集めるという方法です。結構、その博士が自慢していたのには笑いました。だって、同じ事を300年以上も昔に熊沢蕃山は実践していたから昔の日本がひどかったのか、同じ状況では人間の発想は同じなのか、どうなんでしょうかね。
宇野円三郎
熊沢山番の思想を受け継いだ人