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食料庫としての鎮守の杜
信心植え寄進植え
いじめて豊作
水防林
木から酒をそして命を
生理休暇はケヤキの小屋で
自然現象と言い伝え
凄いぞ ニッポン


食料庫としての鎮守の杜
救荒植物(きゅうこうしょくぶつ)とは、聞き慣れない言葉だと思います。もし、どっかの国によって海上封鎖をされ、海外から輸入できなくなった時どうすればよいか。そんな時の知恵が、飢えをしのぐために、先人が使っていた植物が救荒植物というものです。

ドングリ系統の木が沢山ある鎮守の森は、意図して作られたモノと思われます。普段は、食することがないけど、いざというときに食べれる木の実。色々と見て回っているわけではありませんが、鎮守の杜には食べられる木が多いような気がします。

曼珠沙華も、救荒作物の一つです。
食べるのは球根部分です。毒を持っていますが、晒して食したそうです。

忌諱成分で田んぼの畦をモグラなどの穴をあける行為から防ぐ意味もあり。しかも、最後に食する意味も込めて植えられていたモノです。

救荒植物: トチ、シイ、ナラ、ソテツ、ヤドリギ(葉や茎)、マツ(樹皮)
救荒作物: ソバ、アワ、シコクビエ、ヒエ、サツマイモ、ジャガイモ、サトイモ(南西諸島)、キクイモ
救荒食物: 囲炉裏の周りのムシロ、(こぼれた汁がしみ込んで良い味付け?)、3年みそ、古沢庵、漬け物の油煮、土壁の中には、スルメ等が入っているとか

作者としては、街路樹を食料安全保障のためにも、シイの木などの救荒作物のなる木を採用して欲しいです。食糧難が来てからでは遅いですので・・・・・・


信心植え寄進植え
社寺に樹木を寄進したり、植林したり、保育する行為。信心林とか冥加林、宮飾り林、寺飾り林という。伊勢神宮や、東京の高尾山、山形の羽黒山が有名です。

でも、一番有名なのは明治神宮です。
明治神宮の森は、人工林なんです。


いじめて豊作
昔の人は、すごかった
お正月の頃に、木に鉈で傷を付けるのです。
特に、実のなる木、果樹をです。そうすることによって、木は死んでしまうと思い子孫を残そうと実を多く作るからです。成木責めという行為です。

2人組で行うのが一般的。1人(親)が農耕具(棒、鎌、鉈、斧など)で「成るか成らぬか、成らねば伐るぞ」と果樹を脅して、樹皮を叩いたり、傷を付けるのです。残り(子供)が木陰から「成ります,成ります」と果樹の精になりきって答えるのです。

豊作を祈願して、傷口にモチやアズキ粥を塗り込むところも、あるそうです。御神酒を木にかけるところもあります。

成木責めの発展したものかは不明ですが、嫁叩きも子宝が恵まれますようにというのから来たとか?というのは?ですが、尻叩きというのは愛媛県の宇和町にあります。穀物を嫁さんの尻めがけて投げつけるとか。福岡の春日市にも藁をまいた棒で叩く風習があります。

猿蟹合戦でも柿の木を切るのは成木責めの名残なんだそうです。


水防林
日本の川は滝であると呼ばれるほど急峻で、ちょっとした大雨で洪水が発生するほど、川に沿ってすんでいた人々は、自然との闘いであったし、これからも続きます。
その自然との闘いの跡が、竹林です。
タケは、勢いある水の流れを和らげる機能があり、四国徳島の吉野川(かきよせ堤)が有名ですが、日本各地で見られます。

その他にも、マツを植えたりしている例があり。かつては、黒部川の扇状地で、災害を最小限に押さえるために霞堤(信玄堤と同じ)が作られ、その上にマツが植林されていたんです。いざとなれば、資材になりますし、川倉として利用できます。

過去形になったのは、馬鹿な農民が水田の影になり、収穫量が減るとの理由で、短絡的な理由でマツを切ってしまい、情けない姿になっているんですけどね。川倉(鳥足)とは、木で出来たテトラポットで、護岸道具。長さ5メートルほどの丸太を使って、三角錐のピラミッドのように組み上げ石を詰めた重しの袋を取り付けたもので、水流を弱め、壊れた堤防の破壊のスピードを弱める機能を持っています。

ちなみに、水防林のあるというのは洪水の可能性あり。
昔は田圃であふれた水を受け止めていたんです。でも、今は宅地開発が洪水で被害で出るところを宅地開発する方も大問題ですが(開発業者や許可を出す行政)
買う方はもっとバカですよね。受提とか、知らないといけない情報があります。昔の人の知恵を大事に守らないと。なぜそこにあるのか、その理由を把握しないと、家具とかの財産だけでなく命まで失いますからね。守るべきモノは守らないといけないと思います。
文化的遺産としても守るべきだと思います。

もちろん、最新技術を用いた洪水対策は、公共事業として行うべきではあります。何せ、人口が増えましたからね。江戸時代に比べて、もろい社会ですから。昔のモノでは対処するにも限度がありますから、公共工事をするんです。


木から酒をそして命を
戦後の悲劇の一つ
酒が飲みたいが食糧不足
ということで、木から酒を造ったんです。

エチルアルコールではなくメチルアルコール

木精といっていたとか。たぶん炭を作る家庭で出来る木酢液から作ったのではないでしょうか


生理休暇はケヤキの小屋で
「女性は不浄なモノ」とかいって忌み嫌います。大相撲の土俵に女性が上がれないのは不浄だから。(別に神事ではなく興業なんで関係と思うのですが)。男性有利の社会のために女性が虐げられた?かどうかは専門でないので分かりませんが、月経小屋と呼ばれる小屋が全国にあったんです。

今で言う生理休暇に相当するシステム。月経の時は、不浄な時、食事は家族と別扱い。「別炊き」「別膳」といったそうです。

で、隔離された(?)ところが月経小屋。場所によっては、「ひまや」、「槻屋」、「別屋」、「月屋」と呼んだそうです。まあ、その期間はそこでお休み。
農作業や家事から解放・・・・・

その小屋の素材がケヤキだったとか。ケヤキ(欅)は別名ツキ(槻)。神様がつく木という意味があります。もしかしたら、死なないのに血を流すのは神が取り付いたと思ったから?

不浄と言いつつ休む機会を男性側が設けたのか。と思うのですが、男尊女卑とかいう世界ではないと、そんな気がするんですけどね。神様の付く木を使って小屋を造ったんですから。だからかどうかは分かりませんが、「おかみさん」と呼びますよね。

ちなみに、この月経小屋は明治初期に廃止されたんだそうです。それから、この風習はオセアニアにもあるとか。南方系の文化が日本まで到達した証です。
ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアにニューギニアから日本の太平洋岸、なんと北アメリカの太平洋岸、インド、アフリカにもあるとのこと。


自然現象と言い伝え
いろいろな自然現象に関する言い伝え
どこまで本当で、どこまで迷信かは不明
・柿の多くなる年は冬の寒気が厳しい(中国・四国地方)
・桜の早咲きは豊作、遅咲きは凶作(中国・四国地方)
・炭焼き釜の火入れは昇り月の上潮時(不明)
・リスの尻尾が太ければ大雪、細ければ少雪(富山)
・熊が出歩くと天気が荒れる。(富山)
・ウサギが夜、山から谷に下りれば好天
 下から頂上にあがれば、荒天(富山)




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凄いぞ ニッポン
伊豆半島沖で明治7年(1874)3月24日に起きました。フランス郵船ニール号の遭難です。ウィーン万国博覧会における日本からの展示物やヨーロッパの最先端の美術品・工芸品を載せた船だったんです。そのまま海の底に。

1年半後引き上げられました。すると、漆器は何と傷もなく、腐食することもなくそのままの姿で再び日の目を見たのです。漆のすごさを証明したんです。

Nipponとは漆のこと。漆のすごさを、いえ日本のすごさを世界に見せつけるため。世界といってもそれはアメリカとヨーロッパのこと。アメリカのフィラデルフィア万国博で再展示するんです。凄いだろって

福沢諭吉の脱亜入欧は、間違ってはいなかったが、そのために明治の人達がどれだけ努力したかと思うと今の自分は何をやっているんだろうかね